広島高等裁判所 平成10年(行コ)12号 判決 2000年2月28日
主文
一 一審原告の第一、第二事件に対する各控訴をいずれも棄却する。
二 一審被告岡野の第一事件に対する控訴を棄却する。
三 控訴費用は、一審原告の第一、第二事件に対する各控訴については同原告の負担とし、一審被告岡野の第一事件に対する控訴については同被告の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 一審原告
1 原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。
2(第二事件)
一審被告岡野は、広島県因島市(以下「因島市」という。)に対し、金163万4395円及びこれに対する平成8年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 (第一事件)
一審被告らは、因島市に対し、金2486万5224円及び内金391万6533円に対する平成7年7月1日から、内金481万9914円に対する同月8日から、内金1612万8777円に対する同月22日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を支払え。
二 一審被告岡野
1 原判決中一審被告岡野敗訴部分を取り消す。
2 一審原告の一審被告岡野に対する第一事件の請求を棄却する。
第二 事案の概要
一 本件事案の概要は、原判決の「第二 事案の概要等」に記載のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決6頁3行目の「現在まで引き続き因島市長の地位にある者」を「平成11年4月ころまで因島市長の地位にあった者」と改める。)。
二 本件争点は、次に付加するほかは、原判決の「第三 争点」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
1 一審原告の当審における主張
(一) 一審原告の第一事件についての主張
(1) 本件各工事は、平成7年3月31日までに完成しないことが見込まれていたので、その予算措置を次年度(平成7年度)に繰越明許する手続をとるべきであった。
(2) 本件起債の許可は、既に平成6年3月31日及び平成7年3月31日になされているから(〔証拠略〕)、借入れの申出をすればこれが可能であった。そして、加納屋建設が施工した道路新設工事については同年7月21日に、また山陽建設が施工した舗装・照明工事については同年6月30日に、更に千晃が施工した修景工事<1>及び<2>については同年7月7日にそれぞれ因島市による完成検査がなされているところ、右各工事代金の支払時期については、建設工事請負契約約款(〔証拠略〕)32条ないし34条に従えば、同検査後40日以内である日、つまり山陽建設においては同年8月10日、千晃においては同月17日、加納屋建設においては同月31日までにそれぞれ支払えば足りることになるから、それ以前に右借入れをする必要はない。
したがって、本件各工事の完成検査前になされた本件起債による借入れは違法である。
(3) 因島市が前記各工事完成後に支払うべき加納屋建設に対する工事残代金(ただし、2000万円が本件起債前に支払済みである。)は1億1112万8270円、山陽建設に対する工事代金は4257万1960円、千晃に対する工事代金は計4868万6040円である。
したがって、本件各工事代金の右合計は2億0238万6270円であるから、本件起債による借入額は同金額となる。
(二) 一審原告の第二事件についての主張
(1)<1> 因島市は、加納屋建設との間で、平成6年10月17日、道路新設工事を、工事代金1億1330万円で、工事完成期日を平成7年2月28日とする請負契約を締結した(〔証拠略〕)。
<2> その後因島市は、加納屋建設との間で、平成7年1月19日、右請負契約の工事代金を1億1217万1120円、工事完成期日を同年3月20日にそれぞれ変更する合意をした(〔証拠略〕)。
<3> 更に因島市は、加納屋建設との間で、平成7年2月15日、右請負契約の工事代金を1億3112万8270円に変更する合意をした(〔証拠略〕)。
<4> しかし、加納屋建設は、道路新設工事に着手したのは平成7年3月初旬以降であって、その工事を完了したのは同年7月21日である。
(2)<1> 因島市は、山陽建設との間で、平成7年3月8日、舗装・照明工事を、工事代金4171万5000円で、工事完成期日を同月30日とする請負契約を締結した(〔証拠略〕)。
<2> 因島市は、山陽建設との間で、平成7年3月15日、右請負契約の工事代金を4257万1960円に変更する合意をした(〔証拠略〕)。
<3> しかし、山陽建設が右工事を完成したのは、平成7年6月30日である。
(3)<1> 因島市は、千晃との間で、平成7年3月8日、修景工事<1>を、工事代金978万5000円で、工事完成期日を同月30日とする請負契約を締結した(〔証拠略〕)。
<2> 因島市は、千晃との間で、平成7年3月13日、修景工事<2>を、工事代金3975万5000円で、工事完成期日を同月30日とする請負契約を締結した(〔証拠略〕)。
<3> 因島市は、千晃との間で、平成7年3月17日、修景工事<2>の工事代金を3890万1040円に変更する合意をした(〔証拠略〕)。
<4> しかし、千晃が右各工事を完成したのは、平成7年7月7日である。
(4) したがって、本件各工事の完成が遅延しているのであるから、一審被告らは、加納屋建設も山陽建設及び千晃から工事遅延損害金を徴収すべきである。
2 一審被告岡野、同木村、同箱崎、同平木及び同原山の当審における主張
(一) 一審被告岡野の第一事件についての主張
(1) 一般に繰越した予算の執行は翌年限りとされている。そして、本件各工事の予算措置については、既に平成5年度において工事費用の繰越明許の手続を講じており、同工事費用の再度にわたる繰越明許の予算措置はできなかった。しかも、平成6年度末までには、事故繰越措置の理由となり得べき特段の事由もなかったので、一審被告岡野は、因島市長として、次年度である平成7年度に右繰越明許する手続をとることは不可能であった。
(2) ところで、起債の措入時期は地方公共団体の首長の裁量行為であるところ、具体的な資金の借入時期については、事業の進捗状況、会計上の資金繰りなど、有効な資金運用を勘案しながら決定されるべきである。
しかし、因島市は、本件各工事について、平成7年度への事業繰越の手続をとることができず、また平成7年5月31日後に本件起債による借入をすることはできなかったのであるから(地方自治法235条の5)、平成7年度に入ってからの起債借入は不可能であった。
そして、因島市が本件起債による借入措置を講ずることなく、前記本件各工事完成後に借入れをした場合は、同借入相当額につき平成7年度の一般財源で予算措置を講じざるを得ないこととなり、同市の財政規模であれば、かえって行政執行上、甚大な障害及び損害を生じさせるおそれがあった。
したがって、右(1)のとおり平成7年度への繰越明許の手続をとることができなかったため、因島市において、緊急避難的に平成6年度事業分の事務処理として、平成7年5月31日までにした本件起債及び支出手続は、市長の裁量権の範囲を逸脱するものではない。
(3) また、本件起債及び本件支出命令は、本件起債の借入措置を講ずることなく、本件各工事完成後に右借入をした場合に比して不当な結果及び損害をもたらしてはいない。
したがって、本件利息分の支出は、本件起債及び本件支出命令と相当因果関係のある損害ではない。
(4) なお、本件各工事費用のための本件起債による借入額は1億8200万円である。
(二) 一審被告岡野、同木村、同箱崎、同平木及び同原山の第二事件についての主張
(1) 加納屋建設は、因島市との間で、平成7年1月19日、道路新設工事について、工事完成期日を同年3月20日に変更したが、会計年度とのかかわりから書類上同日と設定したものであって、同日の工事完成を約し旋工したものではない。
そして、用地買収の遅れにより右工事着手が遅れたものの、平成7年1月10日には工事の着手をした。
(2) 山陽建設は、因島市との間で、平成7年3月8日、舗装・照明工事について、工事完成期日を同年3月30日としているが、これは会計年度とのかかわりから書類上同日と設定したものであって、同日の工事完成を約し施工したものではない。
(3) 千晃は、因島市との間で、平成7年3月8日に修景工事<1>の完成期日を同年3月30日と、また同月13日に修景工事<2>の工事完成期日を同月30日としているが、これらはいずれも会計年度とのかかわりから書類上同日と設定したものであって、同日の工事完成を約し施工したものではない。
(4) 本件各工事については、平成7年5月1日並びに14日及び15日に因島市に豪雨があり、予想外の大雨によって災害が発生し、右工事の進捗が遅れたものであって、不可抗力である。
第三 証拠
原審及び当審の各書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第四 当裁判所の判断
一 当裁判所も一審原告の一審被告岡野に対する第一事件の請求は、原判決が認容した限度において正当としてこれを認容し、その余の請求並びに一審原告の一審被告らに対する第二事件の各請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の「第四 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
1 一審被告岡野は、本件各工事の予算措置について、既に平成5年度において工事費用の繰越明許の手続がとられており、同工事費用の再度にわたる繰越明許の予算措置はできなかった上、平成6年度末までには、事故繰越措置の理由となり得べき特段の事由もなかったので、次年度である平成7年度に右繰越明許する手続をとることは不可能であったと主張する。
確かに、〔証拠略〕によると、本件各工事は、いずれも「(仮称)芸予文化情報センター道路新設工事」に伴うものであって、これは、因島市が平成4年度から過疎地域となったため、自治省の「特定地域における若者定住促進等緊急プロジェクト推進要綱(平成5年3月30日付自治導第29号)」に基づき事業指定を受けた「過疎地域活性化若者定住促進等緊急プロジェクト」事業であること、この事業の計画期間は、概ね3年以内とされ、新規計画策定期間は、平成5年度から平成8年度の間であり、対象事業は、原則として総事業費が2億円以上であって、財政措置については、対象事業費の概ね75パーセントに地域総合整備事業債を、また同じく15パーセントに過疎対策事業債をそれぞれ充当するものであったこと、右事業計画の内容を大幅に変更する必要を生じたときは、都道府県を通じて自治省に連絡をし、計画変更の承認を要するものとされていたこと、本件各工事による事業計画期間の最終年度である平成6年度においては、予算の繰越措置の前段として右事業計画の変更申請をすることが必要であり、そのための手続は、広島県等から遅くとも同年11月ころまでに行うよう求められていたこと、同事業の執行に当たっては、すでに平成5年度において、工事請負費の一部につき予算繰越措置(繰越明許)が講じられていたこと、本件各工事については、一部用地の買収が不可能であったため、設計変更によって加納屋建設においては平成7年1月10日に至り工事の着手をしたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
しかしながら、〔証拠略〕によると、因島市においては、平成5年度からの繰越明許を経ていない平成6年度予算について繰越明許を講ずることは可能であったことは明らかである。そして、前記事業計画の変更については、自治省から平成6年11月ころまでの変更申請を求められていたとしても、一審被告岡野は、原判決認定(原判決27頁7行目から45頁97行目まで)のとおり、遅くとも平成7年1月19日には本件各工事が平成6年度末である平成7年3月31日までには完成できないことを知りながら、広島県あるいは自治省に対してこの点についての報告及び連絡をしたり、右事業計画の変更申請をする手続をとるなどの的確な善後策を講じていない上、右平成6年度予算を繰越明許する手続をとらなかった違法があるものというべきである。
したがって、一審被告岡野の右主張は採用することができない。
2 もっとも、一審被告岡野は、起債の借入時期は地方公共団体の首長の裁量行為であり、また本件各工事完成後に借入れをした場合は、同借入相当額につき平成7年度の一般財源で予算措置を講じざるを得ないこととなり、同市の財政規模であれば、かえって行政執行上、甚大な障害及び損害を生じさせるおそれがあったので、本件起債の借入措置は緊急避難として許容されると主張する。
しかしながら、本件では平成6年度末時点においては前記事業計画の変更はなく、しかも本件各工事が未完成である以上、平成6年度事業分を可能な限り執行し、平成6年度末において出来高払いとして部分支払をすることもやむを得ないものであって、緊急避難として本件各工事完成前に本件起債の借入措置を講ずることは許されないものというべきである。そして、平成7年度への事業繰越の手続をとっていないため、平成7年度からの本件起債借入はできないものであって、平成7年度において本件各工事が完成後に借入れたときは、同借入相当額については因島市の一般財源から賄うことになるのは当然であるというべきである(地方自治法208条2項)。
したがって、一審被告岡野の右主張は理由がない。
3 さらに、一審被告岡野は、本件起債及び本件支出命令は、本件起債の借入措置を講ずることなく、本件各工事完成後に右借入をした場合に比して不当な結果及び損害をもたらしてはいないから、本件利息分の支出は、本件起債及び本件支出命令と相当因果関係のある損害ではないと主張する。
しかし、適切に前記事業計画の変更及び繰越明許手続をなしていれば、平成7年度に本件各工事が完成した後に本件起債による借入れができたのであり、また本件にかかる一審被告岡野の平成7年度の本件起債による借入れは地方自治法208条2項に違反することは明らかであるから、一審被告岡野の右主張は採用することができない。
4 ところで、一審原告は、山陽建設に対しては平成7年8月10日、千晃に対しては同月17日、加納屋建設に対しては同月31日までにそれぞれ工事代金を支払えば足りることになるので、それ以前に右借入れをする必要はない上、本件各工事代金は2億0238万6270円であるから、本件起債による借入額は同金額であると主張する。
しかし、原判決認定(原判決37頁9行目から38頁10行目まで並びに同46頁11行目から51頁9行目まで)のとおり、本件起債による借入額は1億8200万円であり、これについては本件各工事のうち最初に完成検査を受けた山陽建設から請求があれば支払うべき平成7年6月30日以後に起債すべきものというべきであるから、一審原告の第一事件の請求は、一審被告岡野が金55万1510円及びこれに対する平成8年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を因島市に返還するよう求める限度で理由がある。
したがって、一審原告の右主張は理由がない。
5 また、一審原告は、本件各工事の完成が約定に違反して遅延しているのであるから、一審被告らにおいて加納屋建設、山陽建設及び千晃から工事遅延損害金を徴収すべきであると主張する。
しかし、原判決認定(原判決51頁10行目から57頁6行目まで)のとおり、加納屋建設、山陽建設及び千晃の債務不履行責任は発生しないから、一審原告の右主張は採用することができない。
6 さらに、当審におけるその他の主張立証も前記認定判断(原判決引用)を左右するに足りない。
二 よって、原判決は相当であり、一審原告の第一、第二事件に対する各控訴並びに一審被告岡野の第一事件に対する控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅田登美子 裁判官 菊地健治 河野清孝)